🍽ねんよりびより🍽

読書・散歩の記録。

まいにちすくすく

『パパの電話を待ちながら』ジャンニ・ロダーリ

 

ショートショートは勢いで完飲するために書かれたものではない。物語の区切りが多いぶん、ひとつひとつ読み込めば長編小説よりじっくり読めるはず。かばんに入れる本は1冊にしたいのでそんなことは意識せず速やかに読み切る。

いくつか読んで、ジャンニ・ロダーリがイタリア人だと気づく。ここにある物語の中にはパンナコッタ・フーゴやレオーネ・アバッキオの親が彼らに読み聞かせたおはなしもあるのではないか?彼らの心に幼い頃摂取した「進め!若エビ」や「流れ星を作る魔法使い」の要素が少しでも残っているとしたら、愛しいよね。

f:id:QQpatron:20190811232936j:image

ハムカツ買って食べ歩き

粉がついてる。口の周りに ハムカツの。

 

るきさん高野文子

 

るきさんを理想としてほしい。攻撃性のない軽やかな存在。ちょっと不機嫌な日があってもたいがいのんびりできるってのは難しいことだね。都市の暮らし、しかし在宅勤務だからか、街と生活の距離がいい。

戦闘力を誇示する必要が無いと感じたい。私は心を強気に保つ訓練を受けているが、それが必要だと思わない。せっかくおだやかでいられるように整えてきたのに、泣いたり怒ったり打ちひしがれたりすることを求められる。あがいた形跡が評価につながるコミュニティに属している。私はそれを好まないが、好ましくない環境に身を置くことも何かの足しになるだろう。

f:id:QQpatron:20190810011606j:image

被害者の面影

『名もなき孤児たちの墓』中原昌也

 

読んでいて楽しい、心地いいような文章でもないが、するすると最後まで読んでしまった。しかしそれは決して文章が月並みで親しみやすいものだからではない。むしろ人物の価値観は私たちを突き放す。一つ目の短編を読んだ時の私はかなり混乱していた。「まともな人間はこんなこと言わない。だから私の読みは間違えている」と思う。でも私の読みは間違っていなくて、私がそんなこと言わんやろと思うことをこいつらは言っている。「ただそこにいるだけで、どんな温厚な人間でも殺意を抱かずにはおれぬ佇まい」、「女を監禁して半身不随になるまで暴力を加える」、「サラリーマンという人間は凡庸な事象に対し、決して不満を言わないよう、高度に訓練された人種である」など、目が覚めるような正解が並んでいる。知らないことをいったん保留にできる斜め読みの達人だから読めました。人物たちがストーリーの展開以上に固執してしまうそれぞれの価値観。成長はない。中原昌也の読者に私はふさわしかった。次にこの人の本を読むまでの期間、私はいくつかの読書体験を重ねることに邁進するつもりだ。

f:id:QQpatron:20190808125946j:image